mistica
第一章
観客の熱気と歓声。
いつもの体の熱。
これまで通りだと思っていた。
***
ライブは最高だった。
一曲目から客席が沸いた。
二曲目では最前列がぐちゃぐちゃになっていたし、三曲目なんか何を弾いたのかほとんど覚えていない。
ただ楽しかった。
歓声が気持ちいい。
照明が気持ちいい。
ステージに立っているだけで全身の血が沸く。
もっと欲しい。
もっと。
もっとだ。
客席へ向けてギターを鳴らしながら、ふと視線を上げる。
ステージの反対側、オトハと目が合った。
ほんの一瞬。そして、すぐに逸れる。
それだけなのに、妙に笑いそうになった。
たぶん、こいつも同じだ。
ライブのことじゃない。
終わった後のことを考えている、そんな気がした。
俺たちは誰にも言わない。
誰にも知られない。
ライブが終わった後、何をしているのか。
それが妙に気持ちよかった。
秘密を抱えたままステージに立つ。
客は知らない。
まひろも。
ゆずも。
えいすけも。
俺とオトハだけだ。
照明が眩しい。
歓声が耳を打つ。
なのに意識の一部だけが、ずっとステージの反対側へ向いていた。
“早く終われ”
そう思った瞬間、思わず自分で笑いそうになる。
ライブは好きだ。
ステージはもっと好きだ。
ずっとここに立っていたいと思っていた。
それなのに最近は違う。
終わった後まで含めて、ライブが楽しくなっていた。
***
終演後、控室へ戻る。
まひろが騒いでいる。
ゆずが何か言っている。
えいすけが笑っている。
いつもの光景だった。
それなのに落ち着かない。
いつものように椅子に腰掛け、ライブの余韻に浸っているはずなのに。
自分でも理由は分からなかった。
そして控室の扉が開く。
反射みたいに、顔を少しだけ上げる。
視界の端にオトハが映った。
それだけで少し楽になる。
理由なんて考えなかった。
***
そんなことが何度も続いた。
ライブ。
終演後。
オトハ。
またライブ。
終演後。
オトハ。
繰り返すうちに、それが当たり前になっていった。
別に深い意味なんてない。
きっと、ただ楽しいだけだ。
***
その日はライブがなかった。
学校が終わって、家へ帰って、飯を食って、風呂に入って、適当に動画を眺める。
いつも通りだった。
なのに、妙に落ち着かなかった。
何かが足りない。
そんな気がする。
時計を見ると、十一時過ぎ。
まだ寝るには早い。
リビングに降りて、水でも飲もうと思った。
本当に、そのつもりだった。
廊下に出る。
俺の部屋の向かい、オトハの部屋の前。
無意識に足が止まる。
気付けばノックしていた。
数秒後、扉が開く。
オトハは俺を見ると、一瞬動揺したようだった。
それでも、まるで分かっていたみたいだ。
俺も何も言わない。
オトハも何も言わない。
ただ少しだけ視線が重なる。
それだけで十分だった。
眩しいくらいの照明も、観客の声もない、
暗く静かな部屋。
それなのに、消えかけていた熱がまた身体の奥で燻り始めていた。