ATTRACTIVE
第一章
あの男との出会いは19の時だった。
当時知り合いのライブハウスで、時々スタッフとして手伝いに入っていた。
大学二年目の春。
ようやく新しい生活にも慣れて、充実していたころだった。
ライブハウスの仕事は好きだった。
搬入を手伝って、機材をセッティングして、困ってるやつがいれば声をかける。
誰かの役に立てる感覚が、単純に気持ちよかった。
「誉くーん!これ運んでいい?」
「ああ、俺やるよ」
後輩に頼まれれば自然と手が動いた。
頼られるのが嫌いじゃなかった。
むしろ、それが心地よかった。
そんな夜のことだった。
「よ。にいちゃん、名前は?」
ライブハウスの入口に立っていた俺に声をかけたのは、当時26のあいつだった。
俺と同じか、少しばかり高い身長。
茶色の長い髪。
タバコと香水の混ざった匂い。
「…誉です」
「へえ。いい名前してんね」
そう言って男はニコッと笑った。
悪い人には見えなかった。
ただの、手慣れた大人だと思った。
***
その後も、男とはそのライブハウスで出会した。
スタッフと、客として。
毎度声をかけられ、他愛無い話をする。ただそれだけだった。
ライブの感想。
好きなバンドの話。
どうでもいい世間話。
男は距離を詰めるのがうまかった。
急すぎず、でも確実に。
俺が気づかないところで徐々に距離を詰めていった。
気づけば、男の顔を見つけると自然と声をかけるようになっていた。
それが当たり前になるまで、たいして時間はかからなかった。
「なあ、今日飲み行かね?奢ってやるよ」
半年が経ち、すっかりその男と顔見知りになった俺は2つ返事でOKした。
大学とライブハウス以外での外のつながり。
少しだけ、大人になった気がしていた。
***
ライブ終わり、21時。
スタッフに挨拶をして、俺はライブハウスの入口のほうへと向かった。
「すいません、お待たせしました」
「はは、いーよん。お疲れ」
男は吸っていた煙草を足元に放り、グシャ、とつま先で火を消した。
「誉くん、俺の知ってる店でいい?」
「はい」
並んで夜道を歩く。
男の歩幅に自然と合わせていた。
***
「はい、君は烏龍茶ね」
こじんまりとした居酒屋のテーブルで、目の前に置かれたジョッキグラス。
「あ…すいません、俺まだ飲めなくて」
「いーのいーの。俺が誘ったんだしさ〜」
「ありがとうございます」
「今日は酒じゃなくて、誉クン。君が主役だから」
「俺、ですか」
「そ!だから色々教えてよ」
そう言って男は持っていたビールグラスをコツン、と当てた。
悪い気はしなかった。
自分が主役、か。
こんなふうに言ってもらえることが、あまりなかったから。
それからしばらく、他愛のない話をした。
バンドのこと、大学のこと、ライブハウスのこと。
男は俺の話をよく聞いた。
相槌が上手くて、俺が話すたびに少し前のめりになった。
気づいたら、随分と長く話していた。
「そっか。誉クン、もうすぐ20か」
「あ、はい。来月で」
「じゃあさ」
男は少し笑った。
「20歳になったら、一番最初に俺と飲もうよ」
「…え」
「成人の記念じゃん。最初の一杯、俺が付き合ってやる」
特別なことを言われた気がした。
一番最初に、俺と。
その言葉が、じわっと胸の奥に残った。
「……わかりました」
気づいたら、そう答えていた。
男はまた、ニコッと笑った。