mistica
第一章
俺たちのライブは成功だった。
同時に俺は、俺たちだけの秘密を持った。
***
最初は”違和感”だった。
いつもより多い観客と歓声。
そのせいだと思っていた。
いや、俺がそう思いたかったのかもしれない。
ステージの端と端。
表情なんて見えない距離だった。
それでもおそらく、マコトは笑っていた。
少なくとも、そう見えた。
歓声が上がる。
そのたびに、マコトの視線は客席をなぞる。
見ている。
そういう言葉が一番近いはずなのに、なぜか違う気がした。
ぞくり、とした。
理由は分からない。
恐怖でもない。
嫌悪でもない。
同時に、胸の奥がわずかに熱を持つ。
気付けば、次の歓声が上がるまで俺はマコトから目を離せなかった。
***
「今日すごかったー!」
まひろの声で我に返る。
控室ではライブの余韻がまだ残っていた。
「客席めちゃくちゃいたよね!!」
「楽しかったあ」
「おい、口と同時に手! 機材片付けてけよ」
「はあい」
「はーい!」
いつもの光景。
いつものやり取り。
だけど、その中でマコトだけが静かだった。
俺は視線を逸らす。
けれど、気付けばもう一度マコトの方を見ていた。
「マコト」
反応はない。
「水余ってるけど…いる?」
返事は返ってこない。
タオルを被ったまま、微動だにしない。
「……ここ置いとくね」
ペットボトルを近くの机に置く。
そのまま立ち去ろうとした瞬間、手首を掴まれた。
思わず足を止める。
振り返ると、タオルの隙間から覗くマコトの目がこちらを見ていた。
マコトは何も言わない。
俺も何も言わない。
だけど、言いたいことはなんとなく分かった。
「オトハとマコトは片付け終わったー?もう出れそう?」
まひろがこちらを見る。
俺は掴まれた手首を見て、それから小さく息を吐いた。
「俺、マコトの片付け手伝ってから出るから」
手首にかかる力が、少しだけ強くなる。
「え?いいの?俺も手伝うよ?」
「ううん、俺一人で大丈夫。先行ってて」
「わかった!」
「早く来いよー」
「おなかすいたあ」
「戸締まり頼むな」
三人は特に気にした様子もなく、控室を出ていった。
扉が閉まる。
静かになった部屋に、俺とマコトだけが残された。
次の瞬間、腕を強く引かれる。
体勢を崩しかけて、思わずマコトを見る。
近い。
そう思った時には、もう遅かった。
唇が重なる。
乱暴だった。
いや、焦っていたのかもしれない。
離れたくせに、すぐにまた触れてくる。
息が熱い。
ライブの熱がまだ残っているのか、それとも別の理由なのか。
分からない。
分からないけれど、今はそれを確かめる気にもなれなかった。
息が触れるたび、輪郭が曖昧になっていく。
マコトの熱なのか、俺の熱なのか、もうよく分からない。
ただ、混ざっていく感覚だけがあった。
扉の向こうに、まだ三人がいるかもしれない。
そんなことさえ、今はどうでもよかった。
マコトが触れるたび、熱の境界が曖昧になっていく。
ずっと胸の奥で燻っていた熱を、掻き回されたような気がした。
苦しい。
そう思っていたはずなのに、少しずつ楽になっていく。
張り詰めていた何かがほどけていく。
息を吐く。
気付けば、それまで抱えていた焦りも、息苦しさも、どこか遠くへ追いやられていた。
何も考えなくていい。
何も隠さなくていい。
ただこの熱だけに身を委ねていればよかった。
マコトの熱と、俺の熱が幾度となく交わる。
それだけで十分だった。
そう思った。
そう思ったはずなのに、胸の奥で燻っていた熱は消えてはいなかった。
むしろ、少しだけ大きくなった気がした。