mistica

第一章

4話 – 熱の行方

2026.06.27

観客の熱気と歓声。
いつもの体の熱。
これまで通りだと思っていた。

***

ライブは最高だった。

一曲目から客席が沸いた。
二曲目では最前列がぐちゃぐちゃになっていたし、三曲目なんか何を弾いたのかほとんど覚えていない。

ただ楽しかった。

歓声が気持ちいい。
照明が気持ちいい。

ステージに立っているだけで全身の血が沸く。

もっと欲しい。

もっと。

もっとだ。

客席へ向けてギターを鳴らしながら、ふと視線を上げる。

ステージの反対側、オトハと目が合った。

ほんの一瞬。そして、すぐに逸れる。
それだけなのに、妙に笑いそうになった。

たぶん、こいつも同じだ。

ライブのことじゃない。
終わった後のことを考えている、そんな気がした。

俺たちは誰にも言わない。
誰にも知られない。
ライブが終わった後、何をしているのか。
それが妙に気持ちよかった。

秘密を抱えたままステージに立つ。
客は知らない。

まひろも。

ゆずも。

えいすけも。

俺とオトハだけだ。

照明が眩しい。
歓声が耳を打つ。

なのに意識の一部だけが、ずっとステージの反対側へ向いていた。

“早く終われ”

そう思った瞬間、思わず自分で笑いそうになる。

ライブは好きだ。
ステージはもっと好きだ。
ずっとここに立っていたいと思っていた。

それなのに最近は違う。

終わった後まで含めて、ライブが楽しくなっていた。

***

終演後、控室へ戻る。

まひろが騒いでいる。
ゆずが何か言っている。
えいすけが笑っている。

いつもの光景だった。

それなのに落ち着かない。
いつものように椅子に腰掛け、ライブの余韻に浸っているはずなのに。
自分でも理由は分からなかった。

そして控室の扉が開く。

反射みたいに、顔を少しだけ上げる。
視界の端にオトハが映った。
それだけで少し楽になる。

理由なんて考えなかった。

***

そんなことが何度も続いた。

ライブ。

終演後。

オトハ。

またライブ。

終演後。

オトハ。

繰り返すうちに、それが当たり前になっていった。

別に深い意味なんてない。
きっと、ただ楽しいだけだ。

***

その日はライブがなかった。
学校が終わって、家へ帰って、飯を食って、風呂に入って、適当に動画を眺める。

いつも通りだった。
なのに、妙に落ち着かなかった。

何かが足りない。
そんな気がする。

時計を見ると、十一時過ぎ。
まだ寝るには早い。

リビングに降りて、水でも飲もうと思った。
本当に、そのつもりだった。

廊下に出る。
俺の部屋の向かい、オトハの部屋の前。
無意識に足が止まる。

気付けばノックしていた。

数秒後、扉が開く。
オトハは俺を見ると、一瞬動揺したようだった。
それでも、まるで分かっていたみたいだ。

俺も何も言わない。
オトハも何も言わない。

ただ少しだけ視線が重なる。
それだけで十分だった。

眩しいくらいの照明も、観客の声もない、
暗く静かな部屋。

それなのに、消えかけていた熱がまた身体の奥で燻り始めていた。

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