mistica
第一章
リハーサル終わりの控室で、まひろが突然大声を上げた。
「マコトとオトハの不仲説ぅ?」
「そう! SNSで、ほら!」
俺は、突き出されたスマホを覗き込む。
『最近misticaのマコトとオトハ仲悪くない?』
『ステージで全然絡まなくなったよね』
『喧嘩した?』
「はぁ〜…?どうせ勘違いだろ」
そう言ってスマホを返した。
実際、不仲なわけがない。
その時は本気でそう思った。
***
ライブ中、あいつらは確かに距離を取っていた。
目も合わせない。
必要以上に話さない。
客から見れば不仲に見えるかもしれない。
だが終演後になると、どちらかが消える。
少し遅れて、もう片方も消える。
最初は偶然だと思った。
二回目も。
三回目も。
だけど四回目くらいで、さすがに偶然じゃないと気付いた。
不仲どころじゃない。むしろ逆だ。
近い。近すぎる。
なにかを隠している。
そう考える方が自然だった。
***
ある日の夜。
まひろは実家に帰っていて、えいすけはいつもの如くどこかに消えていた。
オトハとマコトは2階の自室に篭っているようだった。
俺は1階のリビングで作業をしながら、そういえばあの2人、今日降りてきてないなと思った。
時計を見ると、深夜一時。
あいつら腹減らないのかな。そう思い、2階へ。
最初にノックをしたのはオトハの部屋だった。
「オトハ?お前今日飯食ってなくね?なんか作る?」
返事がない。
「…?」
寝てんのかな、と思いながらオトハの部屋に背を向けて、マコトの部屋にも声をかけようとしたところだった。
キィ、と扉の開く音。
振り返ると、出てきたのはマコトだった。
髪は少し乱れている。少しだけ、頬が赤い。
俺と目が合って、数秒の沈黙。
「あ」
それだけだった。
「は?」
思わず声が出た。
マコトが首を傾げる。
「なに」
「なにじゃねえよ」
「何?何か怒ってんの?」
「お前ら今2人で何してた?」
「何って」
はは、と笑うマコト。
俺はその顔にカッと顔が熱くなる。
「なんだよ、言えねえことやってたのか」
「い〜や?言ってもいいけどお前が聞きたくないんじゃねェかなと思って」
「お前、自分が何やってるか分かってんのか」
「分かってるけど」
マコトは面倒そうに頭をかいた。
わざとらしいため息。
「お前倫理観どうなってんだ」
「あー」
マコトが笑う。
「またそれかよ」
「は?」
「相変わらずのカタブツくんだねぇ」
「お前こそまたその煽りかよ。今回はいつもみたいにばかばか言って平和に終われると思うなよ」
「はは。こわ」
「オトハは?」
「ん?部屋で寝てるけど」
「そうじゃねえだろ…」
怒りで唇が震え始めたとき、
「ゆず〜、大きい声出してどうしたのお」
と、えいすけがぱたぱたと階段を登ってきた。
俺は言葉を続けようとした口をぐっと閉じた。
えいすけには悟ってほしくない。
「…なんでもない。えいすけ、腹減ってないか?俺なんか作るよ」
「ほんとお?…二人とも、喧嘩してたの?」
「いや。大丈夫」
ちら、とマコトの方に目をやると、壁にもたれかかり、わざとらしく欠伸をした。
…こいつも、末っ子には優しいらしい。
「オトハも納得してんのか」
「ん〜?俺は合意なしじゃしない主義」
口角を上げるマコト。
即答だった。
俺は小さく息を吐く。
ふと視線を横にやると、えいすけは俺とマコトを交互に見ていた。
こいつは妙なところで人の感情を拾う。
俺たちが気づかないところまで。
そのえいすけは、まだいつも通りだ。
少なくとも、今すぐどうにかしなきゃいけない話じゃない。
なら、まだ踏み込むべきじゃない。
そう思った。