mistica

第一章

1話 – mistica

2026.06.27

「わーーーー!!!」

昼休みの学食に、聞き覚えのある声が響いた。

視線をやると、半泣きのまひろがパソコンを前に頭を抱えている。
「俺レポート昨日どこに保存したっけ!? 今日までなのに!」

まひろは一人でわあわあと騒ぎ続けている。
俺は読んでいた本を閉じるとそれをバッグにしまい、まひろのいる席へ向かった。

「なに騒いでんの、まひろ」

「あ! オトハ! 俺さ、昨日手伝ってもらったレポートどこに保存した!?」

「知らないよ。そこまでは見てない」

「やばい。やばーーい!!」

一層慌てふためくまひろに、俺は小さくため息をついた。

「どうせデスクトップのフォルダのどっかでしょ」

「それが見つかんないんだって!」

「探したの?」

「たぶん」

「たぶん?」

「……ざっと」

「絶対探してないじゃん」

「探したって! ちゃんと探した!」

「どこを?」

「えっと……」

「ほら」

「オトハ〜〜〜〜」

「泣いても出てこないよ。このフォルダは?見た?」

俺はデスクトップに並ぶフォルダのひとつを指さす。

「入ってるかな〜……あ、あった!」

「ほら。もうぽんぽんフォルダ作るのやめな」

全く相変わらずだな、と少し笑ってしまう。

よかったー!と安堵しているまひろを眺めていると、

「なにしてんだお前らぁ」

と聞き馴染みのある声が聞こえた。

「まひろの声、学食の入口まで聞こえたんだけど。まーたレポートでも無くしたァ?」

振り返ると、呆れた顔のマコトと後ろにくっついているえいすけの姿。

「まひろとオトハだあ」

えいすけがひらひらと手を振る。

「オトハ、グミたべる? 今買ってきたあ」

「そっか。美味しい?」

「これはあんまり美味しくなあい」

「そっか」

マイペースなえいすけに、

「お前、美味しくねえもん人に勧めんなよ」

と、さらに呆れ顔を加速させるマコト。
そんなマコトの口に、えいすけはその美味しくないグミを捩じ込もうとしていた。

「やめろ」

「マコトもたべてみて」

「ヤダ」

相変わらずだな、と思う。

その時、ポケットのスマホが震えた。
画面を見ると、ゆずからメッセージが届いていた。

「ゆずだ」

同じタイミングでスマホを確認したマコトが眉を上げる。

「なんてなんて?」

まひろが身を乗り出す。

「『今日のライブよろしく。入り時間変更。あとマコトとえいすけは遅刻すんなよ』だって」

スマホ画面を眺めながら、マコトはべ、と舌を出した。

「うるさ」

「いつもよりでっかい箱らしいよお」

えいすけがマコトの肩越しに画面を覗き込む。

「えっ!?」

まひろが反応する。

「今日のキャパ、いつもの倍くらいあるんだってえ」

「マジ!?」

「まじだよお」

「やばくない!?」

さっきまでレポートで騒いでいたのに、今度はライブで騒ぎ始める。

「まひろォ」

「ん!?なになに!?」

「お前はまず次の授業行け」

「あっ、やばい!もうそんな時間!?」

まひろは慌ててパソコンを抱え直し、学食の出口へ駆け出した。

「行ってきます!!」

「行ってらっしゃい」

「レポート提出しろよォ〜」

「がんばれえ」

騒がしい背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

***

「なあ、マコトは? あとえいすけも」

ライブハウスの裏口に着くと、ゆずがスマホから顔を上げた。

「まだ来てない」

「あいつらまた遅刻か?…ったく…」

やれやれという顔をして、ゆずは再びスマホへ視線を落とした。

そう言った数分後。

「遅れてませーん」

聞き慣れた声に振り返ると、マコトとえいすけがこちらへ歩いてくるところだった。

「コンビニ行ってたんだよ」

「ギリギリになってコンビニ行くなよ」

「こいつが行きてえって言ったの」

マコトが隣のえいすけを親指で指す。

「ごめえん」

「反省してる?」

「してなあい」

「だろうな」

ゆずは呆れたように笑った。

その時。

「おまたせーーーー!!」

ライブハウスの裏口に向かって、まひろが全力で駆けてきた。

「オトハ~!レポート、提出できた!」

「まひろ、おつかれ。間に合ったんだ。よかったね」

「ギリギリだった!!」

「まひろ~、いっつもレポートギリギリだな?オトハいなかったらどうなってたんだ」

「ゆず、ハラハラさせてごめん!でも結果オーライ!」

「何が結果オーライだよ、たまには1人でやれ!」

今日のライブも、きっと騒がしくなりそうだ。

***

リハーサルは問題なく終わった。

いつもより広いステージ。
いつもより多い機材。
いつもより慌ただしいスタッフ。

そのどれもが、今日のライブの規模を物語っていた。

「あああ、緊張してきた」

ステージ袖でまひろが呟く。

「今さら?」

「今さら」

「遅いね」

「そうかな!?」

そんなやり取りをしているうちに、開演の時間はあっという間にやってきた。

照明が落ちる。
歓声が上がる。
まひろが飛び出していく。

その背中を追うように、俺たちもステージへ向かった。

***

ライブは大成功だった。

いつもより広いステージ、いつもより多い歓声。
それでも気付けば、あっという間に終わっていた。

控室では、ライブの余韻がまだ残っている。

「今日すごかったー!」

「楽しかったあ」

「客席めちゃくちゃいたよな。ほら、話は機材片付けながらな」

まひろとえいすけの声に、ゆずとマコトの声が重なる。

いつもの光景。
いつものやり取り。

その中で、マコトだけが静かだった。

控室の隅。
頭からタオルを被ったまま、一人で椅子に座っている。

疲れているだけ。
きっとみんなはそう思っている。
実際、そうなのかもしれない。

だけど、俺は知っていた。
今日のライブで、あいつに何が起きていたのかを。

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