mistica

第一章

3話 – 熱の先

2026.06.27

熱い。

ライブは終わった。
それでもまだ、体が燻っている。

***

授業なんか頭に入らなかった。

黒板を見る。
ノートを開く。
ペンを動かす。

いつも通りのはずなのに、気付けばあの日のことを思い出している。

歓声。照明。ステージ。
目の前に広がる客席。
あの瞬間の高揚感。
あれが忘れられなかった。

もう一度。
もう一度だけでいい。
そう思う。

いや、たぶん、嘘だ。

一度じゃ足りない。
何度でも欲しかった。

ライブは成功だった。
間違いなく成功だった。
なのに、もう足りなかった。

退屈だった。
授業も、昼休みも、友達との会話も、セフレとの時間も何もかも。

昨日まで普通だったものが、少しだけ色褪せて見える。

きっと、あの熱を知ってしまったから。

「マコト」

不意に聞こえた声に顔を上げる。
教室の入口に立っていたのはオトハだった。

「今日、夜18時半集合だって」

「あー、了解」

「ゆずが遅れんなよ、ってさ」

「相変わらず口うるせェ〜」

いつも通りの会話、いつも通りの俺達。

でも、今日の夜に期待している。
たぶん、こいつも。

「マコト、今日家から?」

「いや、用事済ませてから行く」

「そう」

それだけ言って、オトハは教室を出ていった。

俺は視線を落とす。
開きっぱなしのノート、書きかけの文字。
意識は、すでに今日の夜に向いている。

***

ライブはあっという間だった。

照明が落ちる。
歓声が上がる。
それだけで全身の血が沸く。

やっぱりこれだ。
そう思った。

客席を見る。

手を上げる人。叫ぶ人。笑う人。
全部が気持ちよかった。

生きている気がした。

そして、ライブが終わる。

照明が落ちる。
歓声が消える。

さっきまでの熱が嘘みたいだった。

熱がおさまらない。
今すぐ欲しい。

ステージから捌けながら、そう思った。

***

控室の隅に腰を下ろす。
いつものように、頭からタオルを被る。

誰かが何かを話している。

まひろの声。
ゆずの声。
えいすけの笑い声。

内容はよく聞こえない。
体の熱が、俺の意識を朦朧とさせる。
まだ耳に残っている歓声に目を閉じる。

すると、近付いてくる足音がした。

顔を上げなくても分かる。オトハだ。

「マコト」

返事はしない。

「機材、俺も片付けるね」

そう言って、近くのケースを持ち上げる。

別に人手なんて足りている。
たぶん、こいつも分かっている。

「お、オトハも手伝うの?」

まひろの声が聞こえる。

「うん」

「ったく~。オトハは人が良すぎるんだって。たまにはマコト一人で片付けさせろよ」

「まあまあ!!それがオトハの優しいところじゃん!」

「そうだけどさ」

「ゆずう、おれたちもう行けるよお」

「まあ…じゃあ先行くか」

「そうしよ!じゃあ俺たち先行ってるねー!打ち上げ、いつもの居酒屋!」

「早く来てねえ」

「戸締まり頼むなー!」

騒がしい声が止み、扉が閉まる音がした。

俺はゆっくり顔を上げる。

オトハは何も言わない。
俺も何も言わない。

熱がおさまらない。

今すぐ欲しい。
何を?

考えるより先に、俺はオトハの手を強く引いた。

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