mistica
第一章
熱い。
ライブは終わった。
それでもまだ、体が燻っている。
***
授業なんか頭に入らなかった。
黒板を見る。
ノートを開く。
ペンを動かす。
いつも通りのはずなのに、気付けばあの日のことを思い出している。
歓声。照明。ステージ。
目の前に広がる客席。
あの瞬間の高揚感。
あれが忘れられなかった。
もう一度。
もう一度だけでいい。
そう思う。
いや、たぶん、嘘だ。
一度じゃ足りない。
何度でも欲しかった。
ライブは成功だった。
間違いなく成功だった。
なのに、もう足りなかった。
退屈だった。
授業も、昼休みも、友達との会話も、セフレとの時間も何もかも。
昨日まで普通だったものが、少しだけ色褪せて見える。
きっと、あの熱を知ってしまったから。
「マコト」
不意に聞こえた声に顔を上げる。
教室の入口に立っていたのはオトハだった。
「今日、夜18時半集合だって」
「あー、了解」
「ゆずが遅れんなよ、ってさ」
「相変わらず口うるせェ〜」
いつも通りの会話、いつも通りの俺達。
でも、今日の夜に期待している。
たぶん、こいつも。
「マコト、今日家から?」
「いや、用事済ませてから行く」
「そう」
それだけ言って、オトハは教室を出ていった。
俺は視線を落とす。
開きっぱなしのノート、書きかけの文字。
意識は、すでに今日の夜に向いている。
***
ライブはあっという間だった。
照明が落ちる。
歓声が上がる。
それだけで全身の血が沸く。
やっぱりこれだ。
そう思った。
客席を見る。
手を上げる人。叫ぶ人。笑う人。
全部が気持ちよかった。
生きている気がした。
そして、ライブが終わる。
照明が落ちる。
歓声が消える。
さっきまでの熱が嘘みたいだった。
熱がおさまらない。
今すぐ欲しい。
ステージから捌けながら、そう思った。
***
控室の隅に腰を下ろす。
いつものように、頭からタオルを被る。
誰かが何かを話している。
まひろの声。
ゆずの声。
えいすけの笑い声。
内容はよく聞こえない。
体の熱が、俺の意識を朦朧とさせる。
まだ耳に残っている歓声に目を閉じる。
すると、近付いてくる足音がした。
顔を上げなくても分かる。オトハだ。
「マコト」
返事はしない。
「機材、俺も片付けるね」
そう言って、近くのケースを持ち上げる。
別に人手なんて足りている。
たぶん、こいつも分かっている。
「お、オトハも手伝うの?」
まひろの声が聞こえる。
「うん」
「ったく~。オトハは人が良すぎるんだって。たまにはマコト一人で片付けさせろよ」
「まあまあ!!それがオトハの優しいところじゃん!」
「そうだけどさ」
「ゆずう、おれたちもう行けるよお」
「まあ…じゃあ先行くか」
「そうしよ!じゃあ俺たち先行ってるねー!打ち上げ、いつもの居酒屋!」
「早く来てねえ」
「戸締まり頼むなー!」
騒がしい声が止み、扉が閉まる音がした。
俺はゆっくり顔を上げる。
オトハは何も言わない。
俺も何も言わない。
熱がおさまらない。
今すぐ欲しい。
何を?
考えるより先に、俺はオトハの手を強く引いた。