mistica
第一章
このままではいけない。
そんなことは、ずっと前から分かっていた。
***
マコトとはあれからも変わらなかった。
ライブをして、飯を食って、笑って、夜になる。
それだけだ。
ただ、その「それだけ」が少しずつ重くなっていた。
ゆずに見つかった日からだったと思う。
あいつは何も言わなかった。
俺を責めることも、聞くこともしなかった。
ただ一つだけ、
『オトハも納得してんのか』
あの時、扉の向こうでマコトの話し声と一緒に聞こえたゆずの声は、今でも耳に残っている。
納得している。
たぶん。
少なくとも嫌ではない。
マコトもそうだろう。
だから問題ない。
そう思おうとした。
だけど、そうやって言い聞かせる度にあの時の先輩を思い出す。
自分で選んだ。
間違っていないと思っていた。
それでも最後には何も残らなかった。
だから、最近は少し怖かった。
ライブが終わる。
目が合う。
部屋へ行く。
隣にいる。
当たり前じゃなかった全てが、当たり前になっていく。
それが怖かった。
***
その日の夜。
なんとなく眠れなくてリビングへ降りると、ソファでまひろがテレビを見ていた。
片手にはアイス。
「あ、オトハ!起きたの?」
俺に気付くなり手を振る。
「うん、目が覚めちゃって。まひろずっと起きてたの?」
「うん!さっきまでゲームしててさ。負けたからヤケ酒ならぬヤケアイス!」
そう言いながら笑った。
俺もつられて顔が緩む。
まひろは昔から変わらない。
ただ、気付けばいつもそこにいた。
学校帰りも、ライブ終わりも。
振り返れば、だいたい近くにいた。
「…ねえまひろ」
「んー?」
アイスを齧りながらテレビを観るまひろに、気付けば声を掛けていた。
「俺らさ」
言葉を探す。
だけど上手く見つからない。
「ん?」
「これからもずっと一緒なのかな」
まひろはきょとんとした顔で振り返り、俺を見る。
そして次の瞬間には吹き出した。
「え!なにそれ!」
けらけら笑う。
俺も少しだけ笑った。
「なんとなく思っただけ」
「えー。一緒じゃないー?」
軽い口調だった。
本当に何も考えていないような顔で。
「だって俺、みんなのこと大好きだもん!」
当たり前みたいに言った。
今まで何度も聞いてきた言葉だった。
それなのに、その日は妙に響いた。
少しだけ目を伏せる。
胸の奥が落ち着かない。
なんでだろう。
自分でもよく分からなかった。
「……じゃあ付き合う?」
言葉が落ちる。
自分でも一瞬何を言ったのか分からなかった。
沈黙。
まひろも固まっていた。
俺も固まっていた。
数秒後。
「え!?」
先に声を上げたのはまひろだった。
「ほんとに!?」
「……」
「え!?オトハと俺が!?」
俺は答えなかった。答えられなかった。
言ったのは自分なのに。
「え、待って待って!」
まひろが慌て始める。
その様子が少しだけ面白かった。
うーんうーんと考えたあと、まひろはパッと顔を上げた。
「俺は全然いいけど!」
「いいのかよ」
「だってオトハだし!」
「はは、なにそれ」
意味が分からない。
だけど、その言葉を聞いて少しだけ笑った。
***
翌日の夜。
マコトはいつも通りだった。
俺の部屋へ来て、勝手にベッドへ寝転がる。
スマホをいじりながら欠伸をした。
「なあ」
「んー?」
「話がある」
「珍し」
マコトは笑った。
俺は少しだけ間を空ける。
それから言った。
「まひろと付き合うことになった」
数秒。
マコトは瞬きをした。
「へえ?いきなり?」
「まあ」
「どういう流れ?」
「俺が付き合おうって言った」
「はは」
マコトが笑う。
「何それ」
「知らん」
「知らんのかよ」
しばらく笑っていた。
本当に楽しそうだった。
やがてマコトは天井を見上げる。
「そっかァ~」
短く呟く。
それから。
「じゃあ俺らも、これ以上はやめといた方がいいよなァ」
あまりにも自然だった。
まるで明日の天気の話でもするみたいに。
俺は少しだけ目を伏せた。
「うん」
「了解〜」
それだけだった。
***
思っていたより簡単だった。
もっと揉めると思っていた。
もっと何か言われると思っていた。
だけど、何もなかった。
マコトはいつも通りだった。
それが少しだけ救いで、ほんの少しだけ寂しかった。