mistica

第一章

7話 – 選択

2026.06.27

このままではいけない。
そんなことは、ずっと前から分かっていた。

***

マコトとはあれからも変わらなかった。
ライブをして、飯を食って、笑って、夜になる。
それだけだ。

ただ、その「それだけ」が少しずつ重くなっていた。
ゆずに見つかった日からだったと思う。

あいつは何も言わなかった。
俺を責めることも、聞くこともしなかった。

ただ一つだけ、

『オトハも納得してんのか』

あの時、扉の向こうでマコトの話し声と一緒に聞こえたゆずの声は、今でも耳に残っている。

納得している。
たぶん。
少なくとも嫌ではない。

マコトもそうだろう。
だから問題ない。
そう思おうとした。

だけど、そうやって言い聞かせる度にあの時の先輩を思い出す。

自分で選んだ。
間違っていないと思っていた。
それでも最後には何も残らなかった。

だから、最近は少し怖かった。

ライブが終わる。
目が合う。
部屋へ行く。
隣にいる。

当たり前じゃなかった全てが、当たり前になっていく。
それが怖かった。

***

その日の夜。
なんとなく眠れなくてリビングへ降りると、ソファでまひろがテレビを見ていた。

片手にはアイス。

「あ、オトハ!起きたの?」

俺に気付くなり手を振る。

「うん、目が覚めちゃって。まひろずっと起きてたの?」

「うん!さっきまでゲームしててさ。負けたからヤケ酒ならぬヤケアイス!」

そう言いながら笑った。
俺もつられて顔が緩む。

まひろは昔から変わらない。
ただ、気付けばいつもそこにいた。

学校帰りも、ライブ終わりも。
振り返れば、だいたい近くにいた。

「…ねえまひろ」

「んー?」

アイスを齧りながらテレビを観るまひろに、気付けば声を掛けていた。

「俺らさ」

言葉を探す。
だけど上手く見つからない。

「ん?」

「これからもずっと一緒なのかな」

まひろはきょとんとした顔で振り返り、俺を見る。
そして次の瞬間には吹き出した。

「え!なにそれ!」

けらけら笑う。

俺も少しだけ笑った。

「なんとなく思っただけ」

「えー。一緒じゃないー?」

軽い口調だった。

本当に何も考えていないような顔で。

「だって俺、みんなのこと大好きだもん!」

当たり前みたいに言った。
今まで何度も聞いてきた言葉だった。
それなのに、その日は妙に響いた。

少しだけ目を伏せる。
胸の奥が落ち着かない。

なんでだろう。
自分でもよく分からなかった。

「……じゃあ付き合う?」

言葉が落ちる。
自分でも一瞬何を言ったのか分からなかった。

沈黙。

まひろも固まっていた。

俺も固まっていた。

数秒後。

「え!?」

先に声を上げたのはまひろだった。

「ほんとに!?」

「……」

「え!?オトハと俺が!?」

俺は答えなかった。答えられなかった。
言ったのは自分なのに。

「え、待って待って!」

まひろが慌て始める。
その様子が少しだけ面白かった。

うーんうーんと考えたあと、まひろはパッと顔を上げた。

「俺は全然いいけど!」

「いいのかよ」

「だってオトハだし!」

「はは、なにそれ」

意味が分からない。
だけど、その言葉を聞いて少しだけ笑った。

***

翌日の夜。

マコトはいつも通りだった。
俺の部屋へ来て、勝手にベッドへ寝転がる。

スマホをいじりながら欠伸をした。

「なあ」

「んー?」

「話がある」

「珍し」

マコトは笑った。
俺は少しだけ間を空ける。

それから言った。

「まひろと付き合うことになった」

数秒。

マコトは瞬きをした。

「へえ?いきなり?」

「まあ」

「どういう流れ?」

「俺が付き合おうって言った」

「はは」

マコトが笑う。

「何それ」

「知らん」

「知らんのかよ」

しばらく笑っていた。
本当に楽しそうだった。

やがてマコトは天井を見上げる。

「そっかァ~」

短く呟く。

それから。

「じゃあ俺らも、これ以上はやめといた方がいいよなァ」

あまりにも自然だった。
まるで明日の天気の話でもするみたいに。

俺は少しだけ目を伏せた。

「うん」

「了解〜」

それだけだった。

***

思っていたより簡単だった。

もっと揉めると思っていた。
もっと何か言われると思っていた。

だけど、何もなかった。

マコトはいつも通りだった。
それが少しだけ救いで、ほんの少しだけ寂しかった。

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